困り事を知ることは、“地域を知る”につながる。

『株式会社日當リ』代表取締役

刑部 信人さん

「地域を知る」につながるきっかけは、暮らしを考えたこと。

2022年3月、妻の実家である佐賀県へ家族で移住した刑部信人さん。そのターニングポイントは「暮らしって何?」という疑問だといいます。

「コロナの影響で写真家としての商業的な仕事がストップしていった時に、家族で一緒にいる時間が長くなり、暮らしって何だろうと考えるようになりました。『全く知らない土地で、誰も自分のことを知らない環境で何か新しいことを始めるって面白いんじゃないか』と。妻の実家の佐賀に帰省することはありましたが、実際に佐賀に住んでいるわけでもなかったので、移住するまで知り合いができる機会はほとんどありませんでした。そして、いざ佐賀で暮らし始めてみると困ったがたくさん出てきました。例えば「どこの病院がいいのか」「おすすめの飲食店はどこなのか」など。そういった暮らしの中の『困り事』を解決できるのは、やっぱり知り合いの口コミだと思います。自分たちが生きる上で、直結しているものが“暮らし”だと思ったんです。東京での暮らしは、そんなに人のつながりがなくても生きていけた。しかし、地方での暮らしはやっぱり人の繋がりなくして生きていけない。暮らしとは、人と付き合う、つながっていくことだと思ったんです。だから「佐賀のことをもっと知りたい。佐賀の人たちと話をしたい。知らないことをもっと知りたいと」と思って今の活動が始まりました。

いろんな意見を知ることが、暮らしをよくするきっかけになる。

自著『佐賀に暮らし困ったこと。』の本づくりを通して、地域の人々とのつながりが生まれたという刑部さん。そして、今の活動につながる「座談会」の原型が自然と生まれてきたといいます。

「佐賀の暮らしで困ったことは何ですか」と、出会った人たちに聞いていくと、『プチ座談会が自然とできてきました。住めば都だとみんな思っているけど、本当にそれでいいのかなと…。『東京の方がいい。大阪の方がいい。そこに、“佐賀の方がいい”って入れたっていいわけですよ。“ないものねだり”というよりは、佐賀の暮らしをもっとよくするためにいろんな人の意見がもっとあった方が、暮らしがよくなる。本を作った時に、顔の見える人に手渡したいと思っていたこともあったし、『佐賀のことを知らないから、知ってる人に話を聞こう』という思いで、今も座談会を佐賀県内の様々な地域の方々と一緒に開催しています。

本や座談会の主役は「佐賀の人」。だから「今」を聞きたい。

「自然体な写真が一番いい写真だと思っている。それと座談会は同じ感覚がある」。先日、江北町で開催された座談会に参加させていただいた時に感じたのは「今」を共有することの大切さでした。

「主役はあくまで、この本もそうだし、佐賀の人だと思っています。僕はその場を作っているだけであって、別に僕はすごくはないんです。写真家として東京で仕事をしていたのは過去。「どんな仕事をしていたんですか?」と聞かれたら答えるんですが、僕自身は自分のことを話すことには興味がありません。それよりも“地元の人たちの話”が聞きたい。これは僕が写真を撮る時の考え方にもつながっていると思います。一番いい写真は、自分の要望を伝えるのではなく、レンズの向こう側にいる人や風景が『ありのままの自然体』でいることです。写真も過去の写真は撮れないのと同じように、結局今が積み重なって過去になる。今をちゃんと感じられる、座談会はそんな場にしたい。だから、僕が話をするのではなく、今、目の前にあることを聞きたいんです。」

ゼロからイチを生み出すことではなく、今あるものをどのように編み集められるのか。

刑部さんにとって、地域づくりとは一体何でしょうか。

「地域とは何かと考えた時、やはり結局『人』だと僕は思います。地域に住む人々が求めているもの、困っていること聞くことが、地域を良くするきっかけの一つだと考えています。僕が『こういうものがあったらいいな』と考えることも大切ですが、まずは話を聞き、『地域に何が必要かを知ること』が重要だと思います。ゼロからイチを生み出しているとは僕は思っていません。「今あるものを、どう編み集めるか」それが出来る人が僕にとって面白い人。そういった編集能力を持っている人たちと一緒に何かやっていきたいと思っています。」

刑部さんにとって地域とは、行政区域ではなく、そこに住む「人の暮らし」である。地域づくりを考えるためには、一人ひとりの困り事やニーズの今に耳を傾ける。写真と同様に、「今」を切り取るような、地域の人々のありのままの姿を共感する編集者なのだと思います。

ライター : 山本 卓
写真 : 鷲崎 浩太朗
編集 : 星野 アオイ

PROFILE

刑部 信人(おさかべ のぶと)

1984年静岡県生まれ。2007年東京工芸大学芸術学部写真学科を卒業し広告制作会社、フリーランスを経て、2022年3月に18年生活をした東京を離れ、佐賀県佐賀市に移住。広告、書籍、映像などの撮影を中心に活動しながら、国内外で作品を発表。

株式会社日當リ

Instagram
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地域を活かし佐賀をつくる SAGA LOCALIST
LOCALIST(ローカリスト)は、佐賀県内で精力的に地域づくり活動に取り組んでいる方で、若い世代の方々にお願いしています。